安倍政権は迷蒙の啓蒙の時代である。
その率先した機関はマスコミである。
マスコミはその 迷蒙の啓蒙のためなら、論敵を殲滅することもいとわない暴力機関と化した。
迷蒙の啓蒙は、日本がいかに優秀 という「価値」を国民に啓蒙することである。
それは「価値」であって、あくまで「倫理」ではない。
「価値」とは、数に換算されてしまう概念だ。
ちなみにマルクスは「商品の価値」を「社会的 平均労働」と定義している。
ある一個の商品は、その商品に投入された原料、労働力‥の平均でそれは数字で表される、のだ。 
では、安倍政権がわれわれ日本国民に「啓蒙」する「価値 」としての「日本」とはなにか?
「日本」という「商品」のアピールであって、だから「日本は優秀」である。
「日本の優秀」とは「日本製品」の「優秀」をいうことであって、なんらそこには「精神」はない。
しかもその「優秀」は低価格の「労働力」により産出される「剰余価値」が高い「優秀さ」である。
日本の資本主義がいかにすばらしいか、を言いたいだけが、武器輸出である。
武器輸出と集団的自衛権を「表面」で見るから「戦争反対」というキャッチフレーズへと発展する。
だが「戦争」は「深層」ではない。
「深層」は「日本」の「国益」とやらの「剰余」を生むことであり、そのことが移民や武器輸出、原発輸出である。
これは日本の資本主義がデッドロックにのりあげたことを先送りする「the way 手段」でしかない。
資本主義とは一言で言えば「決済」を先送りするシステムを永続化するシステムである。
その定義からみれば、日本の「モノ作り日本」の「決済」を先送リするその「the way 手段」が武器輸出である。
だが、日本のモノ作りとは、それは、近代以降の欧米化のことではないか。
その欧米からみれば日本の「決済」の先送りの武器輸出が破綻することは目に見えているのだろう。
事実、その歴史の予測のエビデンスのように「イスラム国と戦う国に2億ドル支援」と発言した安倍は「イスラム国」により窮地に立たされた。その「窮地」が今後、日本で頻発することは予想できる。
それはまさか、日本もイスラム国のテロターゲットに昇格したことだ、とはしゃぐことでかわせるような危機ではない。
その危機は資本主義のドラスティックな危機である。
そのような危機が「迷蒙の啓蒙が行うモノ作り」によって惨禍がもたらされるだろう。
国外へ脱出したところでその惨禍からは逃げられない。




 にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村