日本の経営者は、労働力資本の無駄使いしかできない。そのことが、巷間いわれる「日本の労働生産性の低さ」だ。
正社員が不足していたら、1995年日経連の「新時代の日本型経営」を撤回し、非正規から正規へ転換すれば、さらに、繁忙期は月100時間という無駄な労働力資本の使用もしなくなる。だが、経団連はそれをしたくない。なぜなら、彼らの「いつものマジックワードである国際競争力が落ちる」からだ。
彼ら経団連が行う「国際競争力を上げる方法」は「商品価格」を他国より低くする、という無駄なことしかできていない。
彼ら経団連は中国やブラジルの台頭といったグローバル資本の意味がわからず、右往左往して、ただただ、労働力商品の無駄使い、つまりは「収奪」しかできない。
日本がアメリカや西洋から経済的に途上であったころは、絶対的剰余価値の創出、つまりは、長時間労働における量としての商品のアウトプットが世界市場を支配できる決めてでもあり、その商品は労働者の低賃金だからなしうる「低価格商品」(トヨタ・カローラ!)だったが、現在、日本がかつて占めていた経済的に有利な場所は、中国やインドやブラジルなどが占め、日本は、今までの低価格商品で世界市場を支配するという方法は限界にきている。
さらに、日本経済が世界市場を支配していた時期は都合よく、米ソ二大国が核競争を行っており、その軍事に熱中していた両大国の隙間に入った。まるで、商人が気泡に入るように。
経団連は、現状認識をしたくない、いつまでも過去の成功体験事例とやらにこだわる大企業病そのものと化した。
今後、日本経済を経団連が牛耳る限り、絶対、浮上はない、それは確実に言える。
だが、経済は、運や偶然により浮上することもある。
かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のような運はもう来ないだろう。
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正社員が不足していたら、1995年日経連の「新時代の日本型経営」を撤回し、非正規から正規へ転換すれば、さらに、繁忙期は月100時間という無駄な労働力資本の使用もしなくなる。だが、経団連はそれをしたくない。なぜなら、彼らの「いつものマジックワードである国際競争力が落ちる」からだ。
彼ら経団連が行う「国際競争力を上げる方法」は「商品価格」を他国より低くする、という無駄なことしかできていない。
彼ら経団連は中国やブラジルの台頭といったグローバル資本の意味がわからず、右往左往して、ただただ、労働力商品の無駄使い、つまりは「収奪」しかできない。
日本がアメリカや西洋から経済的に途上であったころは、絶対的剰余価値の創出、つまりは、長時間労働における量としての商品のアウトプットが世界市場を支配できる決めてでもあり、その商品は労働者の低賃金だからなしうる「低価格商品」(トヨタ・カローラ!)だったが、現在、日本がかつて占めていた経済的に有利な場所は、中国やインドやブラジルなどが占め、日本は、今までの低価格商品で世界市場を支配するという方法は限界にきている。
さらに、日本経済が世界市場を支配していた時期は都合よく、米ソ二大国が核競争を行っており、その軍事に熱中していた両大国の隙間に入った。まるで、商人が気泡に入るように。
経団連は、現状認識をしたくない、いつまでも過去の成功体験事例とやらにこだわる大企業病そのものと化した。
今後、日本経済を経団連が牛耳る限り、絶対、浮上はない、それは確実に言える。
だが、経済は、運や偶然により浮上することもある。
かつての「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のような運はもう来ないだろう。
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